あと1年くらいしか持たないと言われて、その頃、15歳だったんだけど、全然受け止めることができなかった。入院はずっとしてたんですけど、オーディションにどうしてもいきたくなったので、家族には内緒で会場に行きました。

 

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双子の男児を出産したYUIさん。

あどけない少女であったYUIさんも、
今となっては立派な母の姿になりました。

そんなYUIさんには、デビュー前、
まさに「タイヨウのうた」のような人生を
歩んでいたのです・・・

2005年、
『あぐらでギター一本で奏でる』という、
当時の女性アーティストとしては珍しいスタイルで
デビューを飾ったYUIさん。

数々の名曲を世に生み出し、
瞬く間にトップアーティストへと上り詰めました。
デビュー翌年に主演を務めた映画
『タイヨウのうた』は大ヒットを記録。

人々の心を揺さぶる演技力で、
女優としての評価も高いYUIさんですが、
実は余命宣告を受けた過去がありました。

1987年生まれ、福岡県古賀市出身のYUIさん。

3歳の頃から母子家庭になり、
お母さんと2人きりで暮らしていたそうです。

 
決して裕福とは言えない生活の中で、
高校時代は学費を稼ぐために
毎日アルバイトをしながら、
歌手になる夢を追いかけ
音楽塾に通う日々を過ごしていました。

お母さんは忙しく働らいていて、
あんまり家にいなくて、
小学生の頃から、学校から帰ってから
一人でカップラーメンを食べる幼少期。

一人で家にいることが多かったので、
そういう時にCDやラジオから流れてくる音楽を聴く。
その習慣が、いつしか「好き」に。

高校生活、アルバイト、音楽塾などで多忙な日々を過ごしていたYUIさんは、
睡眠時間が2時間ほどしか取れない生活が続き、
体調を崩して入院してしまいます。

そこで、医師から受けた言葉は、
YUIさんにとってとても残酷なものでした。

「余命1年と宣告された高校時代」

入院した先の病院で、
YOUIさんは「肺ガンで余命1年」宣告を受けます。

「先がないなら、自分のやりたい事をやろう」

と思ったYUIさんは、
歌手になるためのオーディションを受ける決意をしました。

夢を諦める覚悟でオーディションに挑む。

主治医から1日だけ外出許可を貰い、

「このオーディションでグランプリが取れなければ歌手を諦める」

そんな覚悟で挑んだソニーミュージックグループのオーディションで、
YUIさんは見事グランプリに輝きました。

その類稀なる才能に、
各レーベルで争奪戦になったといいます。

天才歌手YUIさんのデビューまでの日々には、
壮絶な苦悩や努力があったのですね。

余命宣告を受けた後の

「好きなことをとことんやろう」という

人間らしい懸命な想いが、
タイヨウの歌での熱演に
繋がったのでしょうね・・・

しかし、この余命宣告をした医師。
この診断は明らかに誤診でした・・・

肺炎だったのに、肺がんと余命一年と診断されたYUI

あと1年くらいしか持たないと言われて、その頃、15、6歳だったんだけど、全然、受け止めることができなかった。
作り話みたいな感じで聞いていたんですけど、もしそうだったらと考えた時に、やっぱり自分のやりたいことをやるべきだなと。
入院はずっとしてたんですけど、オーディションにどうしてもいきたくなったので、外出許可を取って、会場に行きました。

出典:本人談

そして、プロになり現在に至っています。

YUIさんがリリースした「TO MOTHER」は、多くの人の涙を誘う名曲として、今も語り継がれています。

ねぇ、幸せよ たぶん、あたし あなたが居たんだから・・・。

現在のYUIさんをまとめると、YUI名義で活動休止の原因は事務所との音楽性の確執があったのと、FLOWER FLOWERで復帰したYUIはイメチェンしてロックな音楽を歌っています。しかし事務所とのストレスでパニック障害になり、活動休止してしまいます。その後は一般男性と結婚や妊娠して子供もいます。

現在は、パニック障害が治っていないので完全復帰していないそうです。アルバムや曲は、子育てをしながら行ってるそうです。
YUIさんの完全復帰を望む声も多いようですね。これからのYUIさんの活躍に期待しましょう。